脱サラから飲食店開業、飲食店経営まで

都内アメリカンダイニングバー開業から現在

12.開業までに整えたこと

開業するために必要なものは、たくさんあると思いますが、まず第一は間違いなくビジョンです。

開業したい、と言う夢を現実のものとして実現させるには、具体的な形に自分で考えて整えることが必要です。要は、やりたいやりたいと言ってるだけではいつまで経ってもやれない、ということ。

形式ばった言葉ではこのビジョンを「事業計画」といいます。

簡単に表すと、『どんな店をしたいのか』のイメージを具体的に作ること。

お客さんが何人入れるか、どんな風に過ごしてもらいたいか、何を食べて何を飲んで欲しいか、どんなお客さんに来てもらいたいか、などなど。

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お客さん何人→坪数

どんな風に→店内内装や配置

食べて飲んで→必要な機材、スキル

どんなお客さん→立地、宣伝方法

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このように置き換えられます。

もっともっとなんでも質問して自分で答えていくようにして膨らませます。なかなかイメージできてこないなら、自分の好きな店を取り入れたりミックスしてもいいと思います。

自分の店が具体的にできると、それを拠り所として、次の展開ができてきます。

次は、必要資金の考え方です。

開業時には、物件取得費用、内装費、機材費、おおまかにはこれだけなので、自分の作りたい店が具体的になっていれば計算できます。今はネットでいくらでも金額は出てくるので簡単です。

必要資金が計算できれば、それをどう用意するか、自分で計画します。例えば今から500万必要なら、それを何年で稼ぐか。誰かに借金するのか、融資を受けるのか。 

そしてもう一つが自分のスキルです。店のイメージの時に当然提供したい料理やドリンクもイメージしているはずです。更に売りにしたいエンターテイメントなども含めてもよいかもしれません。

具体例を出した方が伝わりやすいので私の場合は、バーテンダー並みのドリンク、アメリカンなグリル料理、それをロック感あふれる環境で提供したい。そうイメージしてました。

そのために自分に必要なスキルを資金を貯めながら同時に習得していく、これが必要だと思います。

開業したい人は、ただ開業したいと言うのではなく、一日でも早く自分の店の内容を組み立て、お金とスキルのスケジュールを組み立て、それに取り組んでいくのが一番だと私は思います。

一度しっかりとした内容が作れれば修正や変更はいくらでもできますし、具体的な道が開いてると感じてモチベーション高く取り組めるはずです。そして、そんな人には周りが必ず協力してくれるようになると思います。私もそんな人なら是非応援したくなります。

 

 

 

11.転職後の勤務状況、etc

10月とともに、多国籍料理店での勤務がはじまりました。先に書いておくと、ここでの勤務は翌年2月半ばまでになります。勤務は週5日程度、およそ11時から23時まででした。

店では、主に調理に従事しました。また、シフトによっては、ホールにも出ていました。

30坪50席程度の駅前の二階店舗で、通常シフトはキッチン2名ホール2名体制でした。

客単価は昼は〜1000円、夜は〜3000円程度と、リーズナブルな日常使いの雰囲気の店でした。

ここでオーナーの藤原さんの店を支えながら、開業への最後の指導を受けました。

同時に、年明けからは週2日程度また以前のバーでお世話になるようにもしてました。

サラリーマンを辞めたことで、一時的に当然収入は大幅に下がり、月15万前後でした。

が、やっと自分の思う仕事に就いている喜び、更に開業に進んでいく充実感を、感じました。今思い返すと、一番単純に仕事を楽しんでやり、開業準備を楽しんでやっていた、そんな半年間でした。

一方、サラリーマンとは全く違う生活で、体力的には少し辛いな、と当初は感じましたし、朝から夜中まで店にいるので、少し閉塞感を感じたようにも思います。

開業という明確な目標がないと、この環境は自分には厳しいな、いろんな意味で感じました。

毎日、好きな仕事を一生懸命して、身体はくたくたに疲れてて、心地よい充実感とともに眠る。一見、すごくよい生活ですが、、自分でその先を考えないと何もそれから進めない、そういう生活でした。

今思い出して書いているので、少しお説教ぽくなってしましますが、

今まで店を経営してきて、開業したいです。という方に沢山会いましたし、何人も雇ってきました。残念ながら、まだ誰も開業してません。私の指導不足を棚上げして書きますが笑、開業という目標を口にしただけで満足するのか、飲食店で働いているだけで満足するのか、そもそも本当は開業を目指してすらないのか。

飲食店で働くということは、飲食業が好きな人にとっては麻薬のような作用があると、私は思います。開業を目指す人にとっては頑張ってるからと自分に酔い、働いてるから目標に近づいていると錯覚し、肉体疲労から日々流されて、先を考えることをどんどん後回しにしてしまう、そんな危険性があるのかなと思います。

10.退職から飲食業への転職

バーでの修行中も、営業マンとして製薬会社勤めを継続していました。いよいよ開業への状況が整いつつあると感じる最中、会社内で「早期退職募集」の発表が。いわゆる大規模リストラの公募で発表は1月、退職時期は2014年9月末日。退職金がアップすること、会社都合ということで周囲と円満退社が期待出来ること、などまたとない機会を得ました。が、その4月にまさかの大阪転勤。都内で開業準備をしながら退職を迎えようという、都合のいい目算は崩れ、9月末まで半年間大阪での最後の単身赴任のサラリーマン生活を送り、そのまま会社を退職しました。最後の半年間は、店舗開業への準備や対応は何も具体的には進められませんでした。とにかく、世話になった会社の新しい最後の勤務先で、最後何とか結果を出して辞める!という最後の意地が強かったです。そんな大阪で必死のサラリーマン営業活動をし終える頃に、多国籍料理のオーナー藤原さんから『人手不足なんで、開業準備しながらで構わないから働いてくれ』と話をいただきました。そして9月末会社を退職し、10月から多国籍料理のスタッフとして初めて正式に飲食業界で働くことになりました。

 

9.個人経営BARで働く

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フードアカデミーに29歳で入り、ホテルのバーで31歳頃研修し、多国籍料理には33歳頃までお世話になりました。

多国籍料理店で約1年間働く間に、在籍していたフードアカデミーを辞めました。形式上で、フードアカデミーと店との契約による研修だったこともあり、多国籍料理店で働くことを止めることになりました。自分の中でも、週一回の勤務の中で調理面は最大限スキルアップと吸収ができた、と感じていたこともありました。

次に考えていたのが、より実践的なBARで働くことです。ホテルでは本当に一流の技術、スタンダードなバーテンダーとしての構えなど基本を教わりましたが、使う材料も高級なものが多く、メニュー価格も当然高いもので、開業したい店を考えると私がやりたいイメージとは異なっていました。また自分自身、ホテルでは研修としての位置付けであり、一人前としてお客様と対応させていただくことがままならなかった。そういった思いから、最後には街場のバーで働きたいと決めていました。とは言え、まだサラリーマンの状態であったので、次のバーも紹介で働かせてもらうことになりました。紹介してくれたのは、多国籍料理店のオーナーでした。店と同じエリアのバーで、細川さんという方が個人で10年以上経営されていました。年齢は当時40代半ばくらい?で、ご自身で開業するまで様々な飲食店で様々な職種を経験された方であり、またエリアのバーの中でも一目置かれている兄貴肌の非常に面倒見のよい方でした。近くに新しいバーができると二人で飲みに行ったり、別の店にも「勉強になるから行っておいで」と勤務中ヒマな時間にお金を渡されて送り出されたり、またある時は別のバーのスタッフが相談や飲みに来たり、そんな方でした。私が開業した後もすぐ、エリアが全く違うのに常連さんを引き連れて飲みに来てくれました。私も今でも年1.2回ですが、必ず伺って話をしています。

カウンターメインの15席ほどを一人でやっている店で、食事は乾き物程度でカクテルとウィスキーが非常に品揃え豊富でした。ここでは約2年近く、主に金曜の会社上がり後と土曜日夜に働かせてもらいました。

バーでは、カクテルなどお酒を実践的に作って提供する技術、この向上を一番目指しました。今もここのマスターのスピードや技術には及びませんが、どこでもある程度通用するレベル、ひとりでやっていけるレベルまでには2年間で到達できたと感じました。同時にお酒に関連する知識なども自分でより勉強するようになりました。もう一点が、接客。ホテルバーでは、バーテンダーらしい、一歩引いたスマートな接客スタイルを学びましたが、ここではほぼ真逆。常連さんがほぼで、いかにフレンドリーにフランクに、かつ一線は引くスタイルと言う感じです。2つの真逆のバーを経験したことは、とても得難い体験だったと今も思います。マスター自身、いろいろな店舗をやってきたからこそのこの店のスタイルというのがよくわかりましたし、自分の店、自分のスタイルは?と考えることができるようになりました。

また、細川さんからは自身のいろんな店での経験を折に触れて聞くことができ、自分の店をどういう風に考えてどう作るべきか、とても具体的に考えることができるようになりました。

この時点で、そろそろ自店の開業のスケジュールを考えるようになっていました。詳しくはまた次に書きますが、本業のサラリーマンの会社のタイミングを計りながら準備を進めていく、そんな状況でした。

 

8.多国籍創作料理店で働く

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ホテルのバーの研修が終わる頃、もっと他で学びたい働きたいと考えるようになりました。非常に大きな全国規模のホテルでしたし、ホテルというルールがしっかりあって、外部の人間の規定期間以上の研修は難しかったです。最後までバーの方々は丁寧に厳しく指導してくれて、また仲間のように飲みに行ったり、とても充実してました。

その後、また研修としていかせてもらったのが、神奈川の川崎市にある多国籍創作料理のお店です。ここの縁もまたスクールの担任のE先生経由でした、以前E先生自身が働いていた店でした。 

この店で、藤原さんというオーナーに出会うんですが、それ以来飲食業を志してから現在まで、もっとも関わりが強く師事した方です。

ここも週一土曜日終日働かせてもらい、今度は主に調理場をやらせてもらいました。この頃には、バーだけでなく料理にすごく興味を持っていました。

この店では、一年くらいまさに実践的な調理をしました。メニュー調理以外でも仕込みから、掃除、発注など、トータル的に。ランチのピーク時にどういうイメージでオーダーをさばくか、盛り付け方はどう考えるか、食材から考えるメニューや仕込みはどうするのか、などなど。

食材も肉、魚、野菜から、パスタや米類、まさに多国籍で、フレッシュなものから冷凍までの組み合わせを駆使するスタイル。扱う器具もオーブン、ストーブ、フライヤーなどで、中華鍋や寸胴からキャセロールなど、なんでも。

自分の成長が実感できる、そんな一年でした。

前のホテルのバーと合わせて初めて総合的に店の成り立ちがなんとなく理解できるようにもなりました。

藤原さん自身も元フレンチの一流シェフでありながら、一時は店舗を拡大して経営メインのオーナーになったり、いわゆるコンサル的に他の人の店に関わったり、経験豊富な方でしたし、店をまわすオールラウンダーとしての技術能力の高さが圧倒的でした。調理はもちろんドリンク接客、スタッフ育成まで、できないことはないという方で、今の私の目指すモデルです。

常に全力で手抜きをしない姿勢にもとても共感しましたし、圧倒的なスキルでスタッフを束ねていく、カッコいいなと思いました。

今の自分もそうであるし、新しく開業したい、と話す人達には必ずいつも『自分の店なんだから、全て自分がやれるようにスキルを身に付けること』と伝えます。実際やるやらないは別にして、全ポジションをやれることは、とても大事だと思います。

実際私も開業後経験しましたが、スタッフに頼りきりだと、万一の時、急な退職や病欠でも、対応できないです。最悪の場合、店が存続できなくなることもあり得る状況です。スタッフは信頼してますが、ある時には技術で圧倒できる、あるいは、いつでもスタッフの代わりはできる、自信とスキルは必要です。またこれについてはあらためて記したいと思いますが、他業種から来た飲食歴の少ない私が唯一自信を持っているのが、全て自分でやれるスキルを身につけていること、です。

 

7BARで働く

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開業スクールに通う中で、また同時に開業関連の本などを斜め読みしながら、開業する店についてはかなり具体的に固めていくことができました。と言っても外身だけ、です。また後で記しますが、坪数や坪単価、内装や外装、資金などです。

でも、中身がついてこない汗!中身とは、メニュー構成や調理機材、器具、などと、単純に技術!ほかの店に調査?偵察?に行って、これいいな、と感じてネットで調べても、そのメニューが現場で実践的にどう作られてるか、どう仕込まれてるか、全然分からなかった。機材も何かどう必要で違うのか、さっぱり。バーのドリンクも同じ、実践ノウハウが分からないから、中身が落ち着かなかった。もっと学生の時からちゃんと意識して見ておけばよかって、なんて本気で後悔したりして。とにかく自分に足りないのは、実践!実戦!現場!そういう思いが日に日に強くなりました。なんとかして、外の店で働きたい!働いて学んで活かしたい!でないと、絵に描いた餅、いや餅さえ描けない、と感じてました。

実はこのスクール、在校生のそういうスキルアップのために直営店なるものがあります。最近見るとその数も増えてました笑。一年カリキュラムをやると、そこで働くことができるんですが、、これが正直期待外れでした。やりながらこれで開業できるわけない、と私は感じました。今やこの直営店システム、いろんなスクールであるみたいですが、それはそうでしょうね。ただ実際、生徒側にはメリットは少ないかな、と思います。

ちょうどこの頃、私の拠点も栃木県から東京都に移ります、製薬会社での転勤と同時に入籍です。ともかく、東京に家を構えられたので、開業にはより動きやすくなりました。

そんなこんなで、その時に相談していたのが、スクールの担任のE先生。もう今では10年の付き合いですが、今も繋がってますし、信頼してます。その先生が頑張って紹介をつけてくれました。いろいろ制限がありましたが、31歳の時に半年間、新宿のホテルの最上階のバーで研修生という形で週一土曜日に働けることになりました!これはとても嬉しかったし、とても財産になりました。

何故ここだったかと言うと、実はスクールにここのホテルのバーテンダーの方が特別授業に来たことがあった縁なんですね。ともかく、ここのバーは初めて本格的なバーでの仕事でしたし、サービスも価格も一流なので、学ぶには最高の環境でした。シャツにジャケット蝶ネクタイにオールバック、服装も楽しかった。今もここでお世話になった方と連絡を取ることもありますし、開業してからも酒屋主催のイベントで偶然会うこともありました。お酒の知識や作り方はもちろん、バーテンダーとしての構え、バーカウンターの並びや水回り、グラスや氷に至るまで、全て参考になりましたし、毎回モチベーション高く取り組みました。

またバーでは研修生ではなく、ひとりのスタッフとして扱ってくれたので、全部やらせてもらいましたし、ホテル内のことも勉強しました、外国客も多いので英会話も勉強しました。とにかく、一日も早くバーの戦力になりたい!認めらたい!そういう思いを常に持って働いていました。

あっという間の半年間でしたね。中でも一番記憶にあるのは、店長に直接『お前はもう戦力になってる』と言われたこと。そしてシフトが足りない時に特例で働いた時にお給料をいただいたこと。お金が欲しかった訳ではないですが、認められた嬉しさが今も記憶にあります。

 

6.開業スクールで得たもの

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前回に開業スクールのおおまかなカリキュラムを書きました。

まず大きく2つに分かれてました。

ひとつが調理。もとホテルなどのシェフや料理人、ドリンクはバリスタなど、もともと飲食業界で働いていた経歴のかたが講師陣にいました。そういうの、憧れました。

今日の授業はトマトパスタ、真鯛カルパッチョ、マセドワーヌサラダ、ドリンクはエスプレッソとハーブティです、のような感じです。レシピを示して手本を示して、実践して、試食して、振り返りをして、知識理論を教わる。そんな流れです。

やってる時は必死で、満足感や一日の達成感もありましたが、、これはただの趣味で通う料理学校やパン教室なんかと同じだったかなと今は思います。今もレシピなどは残ってますが、活用してません。

ただ本当の調理の基本、包丁の扱いや管理の基本の衛生面はここが今の自分のベース、店のベースになっています。

ふたつめが、座学です。講師はいわゆる飲食コンサルタントのような方々でした。国民生活金融公庫、今の日本政策金融公庫からの創業支援融資を確実に受けるために、自分の店舗像を考えてイメージして、提出出来る資料として作っていく内容です。毎回の課題もありました。カリキュラムのこの考え方は、実際店を作るときににとても役に立ちました。

それまではただ飲食店を開業したい!としか考えていなかったのが、具体的にひとつひとつを考えて記していく作業です。とてもワクワクしたし、「俺今まで何も考えてなかった、よくこれで開業なんて言ってたな」と恥ずかしくもなりました。

具体的にはまた後で記しますが、簡単に言うとどんな店をやりたいか?それに整合性は取れてるか?ということ。

いつ開業したいか?どんな業態の店?場所は?坪数は?家賃は?内装は?設置する機材は?かかる費用、足りないスキル、そのためにどう埋めていくか?そんな感じです。

ヤバイ、俺なんも足りない、なんも知らない!もっと真剣にやらなきゃ!と思ってカリキュラムを受ける中でもどんどん進んでいきます。

店のメニューは?客単価は?メニューの原価率、店の損益分岐、スタッフの人数や、シフト管理。店名、ロゴ、定休日、ああ決めること沢山ありすぎ(*_*)!

当たり前ですが、自分の店だから全部自分で決めます。

飲食店は1年で50%3年で90%廃業すると胡散臭いデータが言われてますが、私が今一番実感するに、自分でしっかりと事前に考えて作ってない経営者が多いから、この数字になるのかな、と。今まわりを見ても、なんとかなるでしょ的な開業は、リスク高過ぎると思います。しかもその上、実は開業自体は簡単にできる仕組みになってる。また開業コンサルタントなど開業支援をしてくれる会社や人、その他たくさんありますが、結局誰も責任なんかとってくれません。店をはじめる時、はじめてから、「経営者は孤独だ」と言われることをすごく実感しました。

でも、自分でやりたいと願って決めた開業ですから、納得できるまで考えて決めて選んで、自分で責任持ってやりましょう!開業前もそうでしたが、今も、いつも悩んで、決断して、後悔したり、改善しようとしたり、してます。

次からは私の具体例をしっかりと書きます。私は異業種から何もスキルも知識も持たずにはじめたから、開業作業はとても基本的でオーソドックスな方法だったと思うので、参考になると思います!